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■ナカサユ。

ナカジさんがちょっとおかしい。
ああ、いつものことか。


そしてサユリが相変わらずぼんやりしてる。
ああ、いつものことか。





春が来た。
この季節は嫌いだ。
別に花粉症だとかいう訳ではなく。
何となく浮き足立った華やかさだとか、そのくせ世界を覆う緊張感だとか、そういうない交ぜな雰囲気が嫌だ。
何が変わる訳でもなかろうに。



窓の外を見る。
春特有のぼんやりと霞んだ青に、刷毛で書いたような薄い雲がかかっている。
耳には遠く担任の声。
一年間過ごす教室は今年も目を引くものはない。

退屈だ。

人生は退屈を潰すために有るのではなかろうか。
世界は濁っていくばかりだ。
一体、世の人は何がそんなに楽しいのか。

わからないことだらけだ。


日々はノロノロすぎていく。
そんな日々がただ続くだけだ。
苛々とするが、かといって切り開くような情熱もなく。
濁った曇りが身体のなかに溜まっていく。
積もっていく。


そういうものを音楽で浄化する。
全部吐き出して、何とか意識を保つ。
世界に、音楽だけあればいい。


屋上に出て空を見る。
今日も今日とて空は青い。
そのうち蒼が濃くなって、暗闇に染まる。
その変わっていく空の色を見る。
微妙なグラデーション。
早く闇に染まればいい。
そうすれば、要らないものは見なくて済む。



「あ」
声に振り返る。
「ナカジ君だ」
「サユリ」
「夕焼けみにきたの? 綺麗だよねー」
そうではない、と云うのも面倒で、ただ頷く。
少し吹いている風に、サユリは髪を押さえる。
「まだちょっと寒いね」
「あぁ」
「春って良いよね。私、春って好き」
「何がいい」
「うーん、説明は難しいけど……雰囲気かなぁ」
俺が嫌いな事を好きの理由に挙げて、サユリは嬉しそうに笑う。
「良く解らん」
「そう?」
サユリはそう言って首をかしげ、その場でくるりと一回転する。
流行りより少し長めで好ましいスカートが、ふわりと揺れる。

円。

ああ、完全な形。

「? どうしたの?」
「いや、別に」
「そう?」
サユリは小さく首をかしげ。
「帰ろうよ、ね。暗くなるし」
「送る」
「ありがとう」
にこり、笑って。


差し出した手を、何のためらいもなく握り返し。


その暖かさに意識はふわりと柔らかくなり。



春も悪くない、
そう思った。

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